地球科学を学びながら走る博士学生の考えること

旅の始まりはきっと近くにあってだな

始めること、走ること、やめること。

走ることをやめないこと。

 

f:id:osm3dan:20170815195054p:image

 

TAKUYA∞(UVERworld) “走るひと”の姿Vol.1 - スポーツナビDo

 

走ることの意味を考えている。

 

健康のため、いいタイムを出すため、人よりも速く走るため、運動ができる人であるため。

パッと考えるだけでもいくつも出てくるのだが、自分が走ることを求める意味はなんだろうか。いや、今必要としているのはなぜたろうか。

 

今の僕に必要なのは、何かに熱中をすること。一日でもこれをしないと、落ち着かない。そんなことが心の支えになるということを、直感的に知ってる。

公文、サッカー、勉強、マラソン。

様々なことに熱中をしてきたけれど、どれも熱中をしていると、我を全て忘れて没頭する時があり、それはもう幸せな瞬間であったことを思い出す。

 

今、運動をすることで、稼ぎにもなるはずはない。職に繋がるはずもない。ましてや怪我のリスクや苦しさばかりが付いて回る。

 

しかし、僕が今走ることを求めるのは、やめたくないからだ。始めてもすぐにやめてしまう。僕の生活にはやめることが付きまとっている。

サッカー部をやめた、あの日から、か?

 

あの時のせいにするのは簡単なことだ。

「あの日から負けが、悔しくなくなった。」

そんな姿で大人になっていきたくはない。

 

でも確かに、あの時の後から、僕はやめることを前よりも簡単に選ぶようになった。

今、そのことを認めたのなら、ここで変わっていけるかどうかだろう。

 

負けたままでいるのは、簡単だ。

勝つための努力は必要がないのだから。

 

やめることは、簡単だ。

続けていくための努力は必要がないのだから。

 

だけど、負けたままで、やめたままで生きていくことは、ちっとも幸せでない。

 

自分が幸せになるには、誇りを持つこと。人と比べて優っている、劣っているではなく、自らが決めたことを始め、続けること。

 

それが僕が走ることを、再び始めた理由だ。

雨でも走るし、風邪をひいていても走る。

 

自分で選択したことを、始め、続けること。

そしてその先で、たどり着く自分を知りたい。