ぼちぼちと旅をしようか

旅の始まりはきっと近くにあってだな

とてもじゃないけど自分だけじゃ決められない

連休前に大きな仕事を終えておいて良かったなあと言う気持ちを持ちながら、連休の一日目を迎えた。

午前中は家でのんびり過ごして、午後に青山と渋谷へと向かった。

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嬉しいことに、僕には友人の中に、心から素直に悩みを打ち明けることができる年の離れた人が2人いる。今日、青山でお会いしたのはそのうちの一人で、僕がこれから進もうとしている道と似た境遇を過ごしてきて、今も過ごしている人だ。(きっともう一人は、そのうちにまた登場するのだろうからここでは特に言及しない)

嬉しいことに、と簡単と言ったけれど、僕はその二人にお会いして最後に別れ際には、いつも本当に幸福感というか、この人と出会えて良かったと心から思う時間が、別れた後も続く。それくらい嬉しいことなのだ。

僕が思ったこと、感じていることを素直に打ち明けると、その言葉がどんなに未熟であろうと受け止め、そして素直な言葉を返してくれる。きっとそんなに人と人との関係の中で簡単なことではないのだけれど(少なくとも僕にとっては難しい)、いつでもその付き合いをしてくれる。時には弱さも見せてくれる。

 

僕らも少しずつ年を重ねてきていて、これから新しいステージへとまた進んで行くんだけれど、本当に不安なことなんてきっと数え上げればキリがない。もちろん不安にもなるし、大変なことだってある。倒れそうになることもあって。

だけど、そういう僕らを見守ってくれて、倒れそうになった時には手を差し出してくれる大人たちに出会うことができていることは、きっと僕たちにとっての幸いであると思う。不思議なもので、そういった人たちが僕たちのそばにいてくれている。

 

きっと同世代の友達だって何よりも大切な存在だということもある。だけど同じように年配の友人だって、何よりも大切な存在だろうと、僕は思う。多分そういった存在に出会えるかどうかって、人生の豊かさの意味では、大きな部分を占めるような気がしているんだけど、どうなのかな。(何よりも大事なものが2つなんておかしいという事はないのです)

勝手に抱いていた、大人ってお金を持っていて自由なんだろうなってイメージとは違って、僕が素直になることができる大人は、もっと違った意味で自由だ。その自由がなんなのか、うまく言語化できないけれど、頑張って言葉にすると、もう少し自分を手放しているという感じ?

 

若い頃から夢や努力を教えられてきて自分もそれを信じてきたから、色んなことを僕らが決めていて、僕らが歩いているように思ってしまうことは多い。

だけど実は、こうした人たちとの出会いや関わり合いの中で進んでいるっていうのが多分近くて、そもそも自分の決めていることなんてほんと少ないんではないかな、なんて思っている。ほら、こうして考えていることだって人との出会いと関わり合いで変わってる。

 

だから、ちょっと逆説的だけど、「自分」ってものから距離を取ることが、少しずつ自由な状態に近づく事なんではないかなぁとか。そう思うのが自分だから結局のところ、よく分からないけれど。

でも少なくとも、僕が素直になれる大人のような、大人に近づいていったらいいなぁと思う。

 

2017.05.03 23:31