ぼちぼちと旅をしようか

旅の始まりはきっと近くにあってだな

旅の始まりはきっと近くにあってだな。

 

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夕方ごろ、家を抜け出して本屋へと両親と向かった。

本棚に並んだ言葉たちは、多くのことを語っていた。その中には、たくさんの人生が詰まっていて、それぞれが語る物語にはどれも同じものなんてなくて、時代や場所によって違うと思えば、同じ時代、場所でも語り手が変わればそれも異なる物語になる。人と人との出会いがまた新たな物語も生み出すし、実は物語になっていないようなことも絡まり合って、その物語に複雑に、だけど確かに紡がれていたりする。

表現したいことはきっと、僕たちにもたくさんあるはずだろう。

それをみすみすとこぼしているのは、なんだかとても勿体無いことをしているような気がして、言葉を紡いで表現していきたくなった。 

言葉を紡ぐことはどうにも難しいのだけれど。音楽や絵画や、ダンス、そういった手段を持つ人もいるけれど、自分には与えられているものはせいぜい言葉くらいだ。持ち合わせた言葉も少なくその使い方も、あんまだし。もうちょっと自由を手にしたいところだけれど。

でもやっぱり、 表現したいことはきっと、僕たちにもたくさんあるはずだろう。

積み上げられた一つ一つの紙束の中につまったその世界だって、自由を全て手にしているわけではないはずだ。きっと音楽だって、ダンスだって、写真だって全てのことは、そうだろう。たかが僕たちに、全てを表現する力あるだなんてさらさら思っちゃいけないな。

 ただ信じてたんだ無邪気に ランプの下で
人は皆もっと自由で いられるはずだと 

ランプ/スピッツ

こんな言葉を思いつく人はどんなに自由なんだって思うんだけど、自由でいることって難しいんだなあ。でもきっと自由ってこんな感じのことなのことかもしれなくてだ、僕らは生来ずっと自由でいれたら、自由に気がつけない、たぶん。自由って言葉だって、なんかに縛られて生まれた言葉に違いないんじゃないのかな、とかなんか哲学の偉い人に聞いてみたらなんて言われるかな。

小難しい話はもういいや。

自由な時も、自由でない時もあって、自由でない時の方が多いんだけど、たぶん自由でいられる時ってあるんだ。

多分こんな感じくらいがちょうどいい。

 

だけど今日、旅に憧れた。
そうやって旅に出ようと決めた時から、きっと僕たちは自由を、ちょっとだけ手にしてる。

だから、旅の始まりはきっと近くにあってだな。

 

2017.05.01 23:56